大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和43年(ワ)121号 判決 1972年11月20日

原告 波多江弘毅 外一七、七一五名

被告 福岡県

主文

原告らの請求をすべて棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

一、当事者の求めた裁判

原告ら訴訟代理人は「被告は原告らに対して、別紙目録請求金額欄記載の金員(以下「本訴請求金員」と略称する。)およびこれに対する昭和四三年二月一三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は、本案前の申立てとして「原告らの請求を却下する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、本案に対しては主文同旨の判決ならびに仮執行免脱の宣言を求めた。

二、当事者の主張

(請求の原因)

(一)  原告らは福岡県下の市町村立小中学校に勤務する県費負担の地方教育公務員であり、被告は原告らに対する給与支給義務者である。

(二)  被告は、昭和四二年三月二一日、原告らが昭和四一年一〇月二一日半日の欠勤をしたとして、原告らが支給を受けるべき後記(三)の2記載の給与からそれぞれ本訴請求金員相当の金員(その内訳は給料および暫定手当である。)を控除したうえ、その残額を原告らに支給した。

(三)  しかしながら、右控除措置はつぎの理由により違法である。

1、原告らは昭和四一年一〇月二一日、人事院勧告の完全実施を要求すべく要求貫徹大会に参加するため同日午後の年次有給休暇をとつたものであるから、これを欠勤として取り扱い給与を減額するのは違法である。

2、原告らには地方公務員法の適用があるところ、被告は原告らの上記一〇月二一日の行動を欠勤として取り扱い、昭和四二年三月二一日に原告らに支給されるべき給与(昭和四二年福岡県条例第四号「福岡県公立学校職員の給与に関する条例の一部を改正する条例」(以下「給与改訂条例」という。)の施行による給料月額改訂に伴う、昭和四一年九月から昭和四二年二月までの給与の差額追給分)からそれぞれ本訴請求金員相当額を控除して支給したものであるが、右は賃金全額払の原則を規定した同法第二五条第二項に違反し許されないものである。

(四)  そこで、原告らは、被告に対し、それぞれ右控除分に相当する本訴請求金員およびこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四三年二月一三日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(本案前の主張)

(一)  原告らに対する給与の支給は直接には、その一部改正条例をも含めて「福岡県公立学校職員の給与に関する条例」(昭和三二年福岡県条例第五一号。以下「学校職員給与条例」と略称する。)に基づくものであり、同条例は、地方公務員法第二四条第六項、地方教育行政の組織及び運営に関する法律第四二条および市町村立学校職員給与負担法第三条を根拠とするものではあるが、同時に原告らは地方公務員であるから、地方自治法の適用をも受け、したがつて、原告らが支給を受ける給与は、同法第二〇四条にいう給与に該当するところ、同法によれば、給与その他の給付に関して不服があるときは、同法第二〇六条第一項および第二項に基づき普通地方公共団体の長に審査請求をすることができるとともに、同法第二五六条の規定によつて、その不服申立てに対する決定を経た後でなければ、当該処分の取消の訴えを提起できないこととなつている。

(二)  ところで本件給与の減額は、原告らが昭和四一年一〇月二一日半日欠勤したことをもつて、後記のとおり、原告らに支給されるべき同月分の給与に対し、前記学校職員給与条例に基づく福岡県教育委員会(その委任に基づき教育長)の昭和四二年三月一三日付の決定によりなされたものであり、右減額は、地方自治法第二〇六条第一項による給与に関する処分に該当するものである。

(三)  しかるに、原告らは右処分の取消を求めることなくただちに本訴において給与の減額分を請求するものであるから、本訴は審査請求前置の原則に反し不適法である。

(請求の原因に対する答弁)

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)  同(二)の事実のうち、原告らが、昭和四一年一〇月二一日半日欠勤したことを理由に、被告が原告らの給与(差額追給分)からそれぞれ本訴請求金員相当の金員を控除して、その残額を原告らに支給したことは認めるが、控除の日が昭和四二年三月二一日であつたとの点は否認する。

(三)  同(三)の1は争う。原告らに対する給与の支給の直接の根拠法規である前記学校職員給与条例第一四条、第一八条によれば「職員が勤務しないときは、その勤務しないことにつき任命権者又は市町村教育委員会の承認があつた場合を除くほか、その勤務しない一時間につき勤務一時間当りの給与額(給料の月額に十二を乗じ、その額を一週間の勤務時間に五十二を乗じたもので除した額)を減額した給与を支給する」とされているところ、原告らは右承認を得ることなく、昭和四一年一〇月二一日に半日の欠勤をしたので、昭和四二年三月一三日、福岡県教育委員会は原告らの昭和四一年一〇月分の給与の減額を決定し、被告は、その決定に基づき、原告らの給与改訂条例の施行による給与月額改訂に伴う差額追給分のうち、その同年一一月分から前記金員を控除したものである。

同2の事実のうち被告が原告らの昭和四一年一〇月二一日の行動を欠勤として取り扱い、原告らに対する同月分の給与の減額の結果生じた過払分を、前記差額追給分のうち同年一一月分から控除して支給したことは認めるが、右控除の日は争う。被告は、別紙差額支払日一覧表記載の日にそれぞれ原告らの昭和四一年一一月の差額追給分の支払請求権と、原告らに対する同年一〇月の給与過払分の返還請求権とを対当額で相殺し、その残額を原告らに支給したものである。

(四)  同(四)は争う。

(被告の抗弁)

学校職員給与条例第九条によれば「給料の計算期間は月の初日から末日までとする。」および「給料の支給日は毎月二十一日とする。」と定められているから、毎月二一日支給される給料のうち二一日以降月末までの勤務に対する給料は前払的な性格のものであり、全体的にみれば、その月分の給料の支給は、本来暫定払の性格をもつているのであつて、以後の給与支給に当つて清算調整されることがあることを当然のこととして支給されているのである。したがつて、原告らが、昭和四一年一〇月二一日に欠勤したことに伴つて生じた同月分の給与過払分の返還請求権と、同年一一月分の給与(差額追給分)の支払請求権とを清算調整の意味をもつて相殺しても、その措置にはなんら違法はない。

(本案前の主張に対する原告らの反論)

本件減額は、原告らの無断欠勤により学校職員給与条例上当然に給与請求権がその分だけ発生していないということで、右条例を機械的に適用して行なわれたものであつて、右条例等の規定の体裁からしても行政庁の行為によつて給与支払請求権の消長を来たすものではないから、行政庁の「権利を設定し、義務を命じ、その他法律上の効果を生ぜしめる」行為を介在せしめる余地は全くない。したがつて、本件減額は、地方自治法第二〇六条にいう「処分」に該らないから、審査請求前置の規定の適用はない。

(抗弁に対する原告らの反論)

(一)  被告の主張は給与改訂条例の遡及効の解釈を誤つたものである。すなわち、同条例はその附則第一項において「この条例は、昭和四二年一月二二日から施行し、昭和四一年九月一日から適用する。」と規定して改訂給料表の遡及効を定めている。法規の遡及適用とは、すでに完結した事実に対し、あらたに法規をその時点に嫌つて適用し、法律効果を生じさせることをいうのであるから、本件の場合、公立学校職員は、旧給料表によつて支給された金額を超える差額分の給与支払請求権を当該月に嫌つてその時点において取得したことにならざるを得ない。このことは、同条例附則第九項によつて、すでに支給された給与が当該月に支給された給与が当該月に支給されるべき給与の内払とされていることから明らかである。そうだとすると、本来差額分は、当該月の給料の支給日に支給されなければならないから、条例施行後、実際差額分を支給する際には、これに遅延損害金を付加して支給しなければならないように一見解されないではない。しかし、右の解釈は改訂給料表遡及適用の趣旨に照らして合理性を欠くものである。そうだとすると、改訂給料表の遡及適用の効果としては、差額分が実際何時に支給されるかどうかとは関係なく、法律上は、差額分についても当該月の給料の支給日に支払つたものとみなす趣旨をも含むものと解すべきである。すなわち、前記内払とみなす旨の規定は、結局差額分の支払についても当該月の給料の支払つたものと取り扱う旨を含めて規定したものと解せざるを得ない。

右のとおりだとすると、実際の計算においては、なるほど過払分を差額分から控除することができるとしても、法律上は、その差額分はすでに支払済として措置されたものであるから、本件控除は、たとえそれが調整的なものであつても、法律上相殺とはいい得ないのである。

(二)  仮に、右控除を法律上相殺と解し得るとしても、給与支払請求権を受働債権とする相殺は、地方公務員法第二五条第二項によつて原則として許されないところであり、給与支給の実際において計算の困難等のため時として過払を生ずることは避けがたいので、その場合、過払相当額をその後支給すべき給与と清算することが例外的に認められるとしても、それはもとより無制限に認められるべきではなく、過払のあつた時期から見て、それが給与の「清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期」になされ、かつ「その金額・方法等においても労働者の経済生活の安定をおびやかすおそれのない場合」にのみ許されるのであつて、また例外的に許されるか否かについても慎重な配慮と厳格な態度をもつて臨むべきものであり、みだりに例外の範囲を拡張することは、厳につつしまなければならない。

本件において被告がなした控除(相殺)は、原告らが欠勤をしたときから実に五か月余を経過して行なわれており、とうてい清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期に行なわれたものとはいえないから、かゝる相殺は前記法条に照して許されないものである。

(三)  またもし、被告が、本件相殺は、法律上は原告らが欠勤した昭和四一年一〇月の原告らに対する過払給与相当額の不当利得返還請求権を自働債権とし、翌月である同年一一月分の差額分の給与支払請求権を受働債権とするものであるから、「清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期」になされたと主張するのであるならば、人事委員会に給与表改訂の勧告権が定められている地方公務員法の存在および五月実施の勧告と給与表改訂の遡及適用という慣行の存する現状においては、給与支給義務者は、給与の減額に際し、調整清算的相殺をなしうる時間的限界を無視して放置しても、給与表改訂が遡及してなされることにより差額分と自由に相殺できるという不合理が生ずるので、このような主張は、「個人の権利、自由の合理的保障の要求と実質的に調和し得る限りにおいてのみ法の遡及適用は許される」との原則に照らし、とうてい容れることができない。

三、証拠<省略>

理由

一、本案前の主張について

被告は、昭和四二年三月一三日福岡県教育委員会の委任に基づき教育長がなした本件給与の減額措置は、地方自治法第二〇六条の「給与その他の給付に関する処分」に該当するところ、本件訴訟はこれに対する審査請求を経ることなく提起されたものであるから、同法第二五六条の審査請求前置の規定に反し不適法である旨主張するのでまずこの点について判断する。

(1)  原告らが福岡県下の市町村立の小中学校に勤務する県費負担の地方公務員であり、被告が原告らに対する給与支給義務者であることは当事者間に争いがなく、また成立に争いのない乙第一ないし三号証、証人内田恒彦の証言によれば、昭和四二年三月一三日、福岡県教育委員会の委任に基づき教育長が、原告らが昭和四一年一〇月二一日半日欠勤したことを理由に福岡県公立学校職員の給与に関する条例(昭和三二年福岡県条例第五一号、以下「学校職員給与条例」と略称する。)第一四条により、原告らに対して支給されるべき同月分の給与より、原告らが勤務しなかつた時間に相当する給与額を減額することを決定したことが認められる。

(2)  ところで、地方公務員法第二四条第六項、地方教育行政の組織及び運営に関する法律、第四二条の規定によれば、「職員の給与、勤務時間その他の勤務条件は、条例で定める。」とくに「県費負担教職員についてはこれを都道府県の条例で定める。」ことになつており、右規定に基づいて制定された前記学校職員給与条例によれば、職員はすべて福岡県人事委員会規則の定める基準に従い、任命権者によつて同条例に規定する給料表に掲げる職務の等級のいずれかに格付され、また初任給の号給、昇格、昇給等についても人事委員会規則の定めるところによつて任命権者が、決定するところである(同条例第六条、第八条参照)が、一旦給料表上の職務の等級、号給等が決定されれば、毎月支給されるべき給料の額は、給料表によつて自動的に定まることが明らかであり、また、暫定手当についても、その支給の要否および支給額は、上記条例附則第一五項以下第二三項までおよび福岡県の職員の暫定手当の月額に関する規則(昭和三八年福岡県人事委員会規則第三号)によつて自動的に定まることが明らかである。

なお、給与の減額についても、同条例第一四条、第一八条によれば、「職員が勤務しないときはその勤務しない一時間につき、勤務一時間当りの給与額(給料の月額に十二を乗じ、その額を一週間の勤務時間に五十二を乗じたもので除した額)を減額した給与を支給する」と定められている。(なお、暫定手当が支給されるときは、同条例附則第二七項により、右に「給料の月額」とあるのは「給料の月額と暫定手当の月額との合計額」と読み替えられる。)

(3)  一般に行政処分とは、行政庁が公権力の行使として、特定の事件について、法規に基づいて権利を設定し、義務を命じ、その他法律上の効果を生ぜしめる行為をいうのであり、地方自治法第二〇六条の「給与その他の給付に関する処分」についてもこれと別異に解すべき理由はない。

(4)  そうだとすると、上記のとおり学校職員給与条例に基づく毎月分の給料および暫定手当の額は、条例の定めるところによつておのずから定まるのであり、また給与の減額についても、欠勤という事実の発生により条例上当然にその時間に対応する分の給与(給料および暫定手当)支払請求権が発生しなくなるのであつて、任命権者の優越的意思の発動によつて給与債権の有無および額ならびに減額の要否および額が決定される訳ではないから、行政処分の観念を介在させる余地は全くなく、したがつて本件減額措置は地方自治法第二〇六条の「給与その他の給付に関する処分」に該当しないというべきであり(教育委員会の前記減額の決定は、たんに条例に基づいて直接発生する減額分に相当する給与の過払分の返還請求権を現実に行使することを明らかにし、給与支給義務者において、減額分をその後に支給すべき給与から控除する前提となる内部手続にすぎない。)、右減額措置に基づく給与控除相当額を請求する本訴では、地方自治法第二五六条の審査請求前置の手続を経る必要はないから、被告の本案前の主張は採用するに由ない。

二、本案について

(一)  原告らが昭和四一年一〇月二一日半日欠勤をなしたとして被告が原告らの前記学校職員給与条例の一部を改正する条例(昭和四二年福岡県条例第四号、以下「給与改訂条例」と略称する。)の施行による給与月額改訂に伴ういわゆる差額追給分からそれぞれ本訴請求金員相当の金額を控除して、その残額を原告らに支給したことは、当事者間に争いがない。

(二)  原告らは、昭和四一年一〇月二一日午後は有給休暇をとつたのであるから、これを欠勤として取り扱うのは違法である旨主張するが、原本の存在ならびに成立につき争いのない甲第一、二号証によれば、原告らが右日時に有給休暇の請求をしたのは、原告らが人事院勧告の完全実施を要求するいわゆる公務員共闘の統一闘争の一環である要求貫徹大会に参加するためのいわゆる一斉休暇闘争戦術としてなされたものであると認められ(この趣旨は、原告らの自認するところでもある。)、右は争議行為に該当すると解すべく、地方公務員である原告ら教職員は地方公務員法第五八条第二項により労働基準法第三九条の適用を受けて年次有給休暇が認められ、同法によれば、有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げない限り、使用者は労働者の請求する時季にこれを与えなければならないことになつているが、労使間の正常な作業体制を前提とする有給休暇とこれを一時的に破壊し、使用者に打撃を与えることを目的とする争議行為とは本質的に相容れないものであるから、有給休暇届を提出して就業しないという形式をとつたとしても、その実体が争議行為であると評価されるときは、労働基準法上正当な有給休暇としての取扱いを受けることはできないものというべきである。この理は、年次有給休暇請求権の性質をどう理解するか、および一斉休暇闘争が争議行為として違法であると評価されるか否かにかかわりなく妥当する。

そうだとすると、本件において、被告県側が学校職員給与条例第一四条の規定に従い、原告らが同日午後の勤務時間を欠勤したものとして取り扱い、同年一〇月分の給与(給与改訂条例による増額分を含む。)を減額したことは適法であつて、右に反する原告らの主張は採用の限りでない。

(三)  次に、本件過払給与の控除が全額払の原則を規定した地方公務員法第二五条第二項に違反するか否かについて考える。

(1)  前掲甲第一号証、乙第一ないし三号証および証人内田恒彦の証言ならびに弁論の全趣旨を総合すると、つぎの事実が認められる。

(イ) 原告らに対する給与改訂条例施行前の昭和四一年一〇月分の給与は、改訂前の学校職員給与条例に基づいて同月二一日に支給されたが、福岡県教育委員会事務局(県教育庁)においては、前記認定のとおり、原告らが人事院勧告の完全実施を要求していわゆる一斉休暇闘争戦術をとり、同日午後欠勤したため、すでに支給された原告らの一〇月分の給与につき同条例第一四条、第一八条に基づいて減額措置を講ずべくただちに検討を開始した。

(ロ) そして、学校職員給与条例の運用について定めた「福岡県公立学校職員の給与に関する条例の実施について」(昭和三二年八月三一日付三二教学第一、三五二号教育長通達。以下「実施通達」と略称する。)によれば、減額分は、つぎの給与期間以降の給料および暫定手当から差し引くべきものとされているところ、当時、国家公務員の給与を五月に嫌つて改訂すべしとの人事院勧告がすでに出されており、原告らを含む地方公務員については、地方公務員法第二六条の規定による人事委員会の勧告をまつて給与額が改訂されるのであるが、同法第二四条等の規定にかんがみ、従来国家公務員について給与改訂が行なわれた場合には、必ず地方公務員も同様に取り扱われる慣例となつているところから、福岡県下の地方公務員についても、給与改訂が、しかも前年の例からみて九月一日に嫌つて実施されることが十分予測された。

(ハ) そこで、県教育委員会事務局としては、実施通達に従つて、給与改訂前の給料表に基づいて一〇月二一日の半日欠勤に基づく給与(給料および暫定手当)の減額計算をし、これを一一月分の給与から控除したところで、給与改訂により給料表が九月に嫌つて改められれば、一〇月分の給与について、給与改訂後の給料月額に基づいて改めて減額計算をし、給与改訂条例施行後に支給されるいわゆる差額追給分より控除しなければならず、二重手間であり事務が煩雑となること、給与改訂による給与のいわゆる差額追給分については、支給される側からみても一時的所得と同様に観念されるのが普通であり、しかも減額すべき給与額が給与改訂後の新給料表に基づいて計算しても一人当り一、〇〇〇円前後と比較的少額であるところから、控除により原告らに与える経済的な影響は比較的僅少であると考えられたこと、一斉休暇闘争により何万という職員について給与を減額するのは福岡県では初めてであることから減額するかどうかの決定に時日を要したこと等の理由により、実施通達に従つて一一月分の給与からは控除せず、給与改訂後、新給料表に基づいて一〇月分の給与の減額を一度に行ない、いわゆる差額追給分からこれを控除する方針を決定し、右方針に基づいて、昭和四二年三月一三日付をもつて「原告らが昭和四一年一〇月二一日に半日欠勤したことにつき、給与改訂条例の施行(施行日は昭和四二年一月二二日)により、昭和四一年一〇月分の給与について新給料表が嫌つて適用されることになるので、同表に基づいて原告らの同月分給与を減額したうえ、近く支給されるべき昭和四一年九月から昭和四二年二月までの六か月分の給与の差額追給分のうち、実施通達の趣旨に則り一一月分の差額追給分からこれを控除して支給すべき」旨教育長名をもつて各県立学校長、各教育庁出張所長、各市町村教育委員会教育長等にあて通知を発し、これを受けて福岡県財務規則(昭和三九年福岡県規則第二三号)に定められた資金前渡員である小中学校の事務職員もしくは校長は減額調書を作成し、これに基づいて資金前渡の要求書を原告らに対する給与支給義務者である福岡県(その機関である知事のさらに代行機関である廨長すなわち教育庁出張所長)あて提出し、以後同財務規則に則つて差額追給分の支給手続がなされ、別紙差額支払日一覧表記載の日に、原告らに右減額分を控除した給与改訂に基づく差額分が支給された。

以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(2)  ところで、給与改訂条例の施行により、昭和四一年一〇月分の給与が増額される結果、その増額部分すなわち差額追給分について、同条例第一四条、第一八条の減額規定の適用の結果生ずる減額分(A)を差額支給の際控除して支給することが地方公務員法第二五条第二項の全額払の原則に抵触しないことは勿論であるが、改訂前の上記給与条例に基づいて減額されることなく支給された結果発生した昭和四一年一〇月分の給与の過払分(B)、(すなわち改訂前の給与に基づいて算出された減額分相当額)の返還請求権についても、給与改訂条例附則第一項(給与改訂日の遡及)や同附則第九項(すでに支払われた給与を改正後の学校職員給与条例の規定による給与の内払とみなす)の規定に従えば、給与月額の増額の遡及効の結果、過払分(B)と上記(A)との合計額が当該月の給与の差額追給分より少ないときは、当然に当該差額追給分が過払分(プラス(A))だけ減額され、同時に過払いの状態は消滅することになるので、過払分の返還請求権も右遡及効の効果が発生する給与改訂条例の施行とともに消滅すると解されるから、結局給与の減額が行なわれるべき月の給与改訂後の当該月の給与について改めて算出された減額分(すなわち(A)+(B))をもし当該月の差額追給分から控除して支給するのであれば、これは上記地方公務員法の制限とは何らかかわりなく当然許されるべきものである。このことは、人事委員会の勧告に基づく給与の改訂が実際には相当期間遅れて実施され、したがつて、給与の改訂も相当期間遡及される現状においては、給与の減額事由が発生して相当期間を経過したのちに、地方公務員法の上記制限とは何らかかわりないものとして、減額分を差額追給分から控除することを許す結果となるが、特段の事情がないかぎり、右控除をもつてただちに権利の濫用などの理由により許されないとする理由はない。

なお、原告らは、この点につき、差額追給分については実際には給与改訂条例施行後に支給されることになるけれども、給料表が遡及して適用される結果、法律上は、改訂前の給与と同じく当該月の給料支給日にすでに支払われていたことになるのであり、その支払請求権は給与改訂条例の施行後に発生するものではないから、実際に支給される際に、これより過払分を控除することは法律上不能である趣旨の主張をするが、給与改訂条例附則第一項、第九項の規定をあわせ考えれば、同条例による改訂後の給与と改訂前の給与との差額支払請求権は、あくまで同条例の施行によつて、同条例の施行と同時に発生すると解するのが相当であり、また、かく解すれば、原告らの主張するような不都合は生じない。しかして、原告らの右主張は独自の見解であつて採用するに由ない。

(3)  そうだとすれば、減額事由のある月の差額追給分が改訂後の給与月額に従つて算出された減額分より大きいときは、差額追給分の支払請求権をもつて、欠勤により給与が減額となる結果生ずる過払分の返還請求権と相殺する必要もその余地もなく、また弁論の全趣旨によれば、原告らの昭和四一年一〇月分の差額追給分が上記の減額分より少ないものとは認められないから、被告において、昭和四一年一〇月分の給与が欠勤により減額となつた結果生じた原告らに対する同月分の給与過払分の返還請求権と、原告らの給与月額改訂に伴う差額追給分のうち、同年一一月の差額追給分の支払請求権とを対当額で相殺した旨の被告の主張は相殺の解釈を誤つたものであり、上叙のとおり相殺の意思表示は相殺適状にないのに行なわれたものとしてその効力を生ずるに由ないものである。

(4)  しかしながら、上記認定のとおり、被告福岡県がとつた措置は、かならずしも右のように明確に昭和四一年一〇月の給与の過払分の返還請求権と、同年一一月の差額追給分の支払請求権とを相殺したものではなく、たんに、給与改訂後の右一〇月分の給与の減額分を右一一月分の差額追給分から控除したにすぎないものであり、また被告の主張も必ずしも相殺に拘泥するものとは解されず、結局は一〇月分の給与の減額分を一一月分の差額追給分から控除したことの適法性を主張しているにすぎないと解しうるから、以下この措置の適否について判断する。

(イ) 思うに、給与の支給に際しては、複雑な支給事務や、給与を月の中途の一定期日に支給するという一部前払制のため、往々にして過払が生ずるが、これが清算調整の方法として相殺のほかは許されないとする理由はなく、他の方法であつても、それが合理的なものである限り許されるものと解し得る。

本件の場合は、すでに昭和四一年一一月の給料支給日等においてこれを減額控除しない以上、上叙のように迂遠な方法をとらず、一〇月分の差額追給分から減額分を控除するのがもつとも簡明直截で、法の趣旨にかなう所以でもある。なお、学校職員給与条例によれば減額の対象となる給料および暫定手当については、月額が定められ、その支給方法も月ごとになされるところであるから、その債権は月ごとに成立することが明らかであり、したがつて一〇月分の給料債権と一一月分のそれとは別個の債権である。このことはこれらの差額追給分についても同じであるから、仮りに同一時期に支給されたところで、一一月分からの控除を一〇月分からの控除と同視し得ないことは勿論である。

(ロ) しかし、地方公務員についても、給与過払による不当利得返還請求権を自働債権とし、その後に支給される給与の支払請求権を受働債権としてする相殺は、過払のあつた時期と給与の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期においてなされ、しかもその金額方法等においても地方公務員の経済生活の安定をおびやかすおそれのないものである場合に限り、地方公務員法第二五条第二項による制限の例外として許されると解されるところであり、本件のごとき控除措置も相殺に準ずる清算調整の方法として、右と同様の要件のもとにおいて許されると解するのが相当である。

(ハ) ところで、本件控除はそれがいわゆる差額追給分からなされており、しかもその金額も平均一、〇〇〇円前後(最高二、〇四一円から最低一五三円まで)と比較的少額であることから、原告らの経済生活の安定をおびやかすおそれがあるとは考えられないが、その控除は減額事由が発生した昭和四一年一〇月二一日から五か月ないし六か月を経過した昭和四二年三月二九日から四月二八日までの間に行なわれており、しかも遅れた主な理由が上記認定のとおり事務の煩雑となることの防止および減額決定の遅延等主として被告側に原因があるところであるから、当初過払いの生じた昭和四一年一〇月二一日を基準として考えれば時期の点において問題なしとはしない。

しかし、さきに説示したとおり、給与改訂条例の施行(施行日は昭和四二年一月二二日)により、過払の状態はすでに解消していると解すべきであるから、時期についても右のように昭和四一年一〇月二一日を基準として考えるべきではなく、またもし本件控除が一〇月分の差額追給分からなされていれば、地方公務員法の上記制限は全く受けないところであるのに、教育委員会事務局の誤つた指示により、給与支給義務者としての福岡県が一〇月分の給与の差額追給分からではなく、同時にしかも同じ差額追給分として支給された一一月分から控除したにすぎないのであるから、その方法においてもとくに不当であるとは認められない。

以上のとおりだとすると、本件控除は、なお地方公務員法第二五条第二項の規定による制限の例外として許されると解するのが相当である。

三、よつて、原告らの請求は結局理由がないことに帰するから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鍬守正一 宇佐見隆男 大石一宣)

別紙 差額支払一覧表

市郡名

支払年月日

市郡名

支払年月日

市郡名

支払年月日

福岡市

四月二一日

大川市

三月三一日

浮羽郡

三月三一日

久留米市

四月二八日

(一部二七日)

行橋市

三月三一日

三井郡

四月一五日

大牟田市

四月二五日

豊前市

三月三一日

三潴郡

三月三一日

北九州市

四月二八日

中間市

四月七日

八女郡

三月三一日

直方市

三月三一日

築紫

早良郡

四月一〇日

山門

三池郡

四月四・一五日

田川市

三月三一日

粕屋郡

三月二九日

田川郡

三月三一日

飯塚市

四月一一日

宗像郡

四月三日

京都郡

三月三一日

柳川市

四月一五日

遠賀郡

四月七日

築上郡

三月三一日

山田市

四月五日

鞍手郡

三月三一日

甘木市

三月三一日

嘉穂郡

四月四日

八女市

三月三一日

朝倉郡

三月三一日

築後市

三月三一日

系島郡

三月三一日

別紙原告目録省略

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例